06「同じように」

1.

 戦地に向かう大型車の中で、静かに軍人とキオ、そしてゆらぎが揺られていた。
「どうしてゆらぎが」
 キオは膝に抱えた帽子を手持ち無沙汰にぐりぐりとこね回しながらゆらぎを見る。
「松田さんの代わりです」
 ふわりと笑ってゆらぎが返す。
 キオが知る限り、ゆらぎの許可されている行動範囲は実験棟地下から中庭までの筈だ。こんな所まで来て平気なのだろうか。
 車内前方を伺えば偽壱がバックミラー越しに笑いかけてくる。
「勝手に連れてきていいの?」
「いーの。半分はボクの管轄なんだから」
「そうなんだ」
「そーだよ。キミは知らないんだね、ゆらぎちゃんの製造目的」
 知らない。ミラーに映ったゆらぎが微妙な笑顔を向けていた。
「人員配置換えめんどいし、ちょーどいいから使えるものは使っとこうと思ってね。生身の人間よりいざって時楽だし」
 偽壱も教えるつもりは無いようで、本題に戻ってしまった。帽子も特に語らない。
 隠す必要があることなのか、その微妙な顔はなんなのか、理由を想像する知識も持ち合わせていないので、キオは追及しないことにした。
「ゆらぎ戦えるの?」
 いざという時、という言葉が引っかかって訊ねてみる。
「戦えないです。でもキオよりは頑丈なのでもう全然大丈夫ですよ。あと、歌えます」
「うーん」
 予想通りの返答でやたらと誇らしげに胸を張るゆらぎに、キオは歯切れ悪く声を漏らした。危険な場所へゆらぎが来るのは少し抵抗がある。が、歌が聞けるのは嬉しい。
「最悪頭が取れちゃっても、背骨がちょっと残ってたらデータも復元出来ますし……あっ直してくれる方が居ないと駄目ですね、桜井さん直してくれるでしょうか……」
「そーたに直してもらえばいいよ」
「桜井さんより直して貰えなさそうな予感がします」
「童貞とは可憐な女子の頼みは断れないものだって帽子が言っ……データベースに入ってるから、大丈夫だよ。よくわからないけど」
「では損壊した時は、頭が取れてなければ上目遣いで頼んでみますね」
「あー、うん」
 その損壊するような事態に合ってほしくないのだが。
 やっぱりついてこないほうがいいんじゃないかと言えばゆらぎは笑顔で首を横に振る。「大丈夫です」と柔らかに言いくるめられ、キオはゆらぎと同じように頬を緩めて笑い返すしかない。
 やんわりと物騒な会話が交わされるその横で深いため息がひとつ。
「もし私が間違えて味方を切ってしまった場合、責任はマスターにいくのだろうか」
 組んだ手を額に当て、軍人はぼそりと呟いた。
 キオとゆらぎは唐突に語り出した軍人へきょとんと視線を向ける。
「もし私が取り逃した敵が味方やマスターに切りかかった場合、きっと私は死罪となるのだ……いや死は構わない、だがしかし損失を被らせてしまった事実は消えないのだから私の命などでは償いきれないしだからと言って生かされたところで罪を償いきる程の自信があるわけでもなく私は」
「あーちょっと軍ちゃーん?」
 車内前方、助手席から偽壱が後ろに向けて声を放つ。
「そのネガティブ思考要らないから。そんなこと考える必要も無いくらい軍ちゃん強いでしょ?」
「人間一人守れなかった私がどうして強いと言えるのですかマスター」
「あーそれはー」
「慰めなど要りません。きっと私は出来損ないの半機械なのです。もし任務に失敗したらどうか罵りながらごみのように捨て殺してください。死しか償いの仕方が見つからない愚かな」
「あーあーわかったわかった」
「軍ちゃんこんなにそのー……ヘタレ? っていうの? ……ヘタレだったっけ?」
 キオの問いに軍人は顔を上げないまま深く頷く。
「まあ任務中以外はこんなもんかなー」
 偽壱は苦笑いを零した。


 着いた土地は箱庭とたいして変わらない木々で埋め尽くされた森だった。
「はい、ココがボクたちの宿だねー」
 簡素な建物や大きなテントが幾つも建てられている。
「先に何人か来てるハズだから、適当に顔確認しといてね。んじゃっ」
 大雑把すぎる説明をして、偽壱はテントの一つに歩いていってしまった。車の前に取り残されたキオとゆらぎは顔を見合わせて首を傾げる。
「どうしよう」
「えっと、そうですね……勝手に歩き回って良いのでしょうか……?」
「聞かれても困る」
「そうですよね、どうしましょう」
 二人はそろりと隣に佇む軍人を見上げる。
「軍ちゃん」「センバさん」
 赤と碧に助けを求められた軍人はため息をついた。
「マスターは研究以外の事柄全てにおいて雑なのだ。行間を読むようにしないとあと数日苦労することになる」
「行間」
 キオがちらりと帽子を見て、ひとり頷いた。その行動を少し訝しみながらも、戦地に着き任務スイッチが入りはじめた軍人はきちりと説明を始める。
「今回我々は遊撃隊として臨機応変に戦地を駆け抜ける事となる。遊撃隊はその大半が箱庭の実験体であり、種族等判別の付かない者が多い。故に一見した時の味方の判別もままならない事があるのだ。不慮の事故を防ぐ為、また連携が行える様に、明日までに一度全員と顔合わせをしておくべきである。本日の残り時間は各自自己紹介に勤めるべし」
「わかった」
 あまりわかってなさそうな顔でキオが頷く。
「頑張りますね」
 ふわりと笑いながらゆらぎも頷く。
 軍人の記憶が正しければこの二人は自分たちが遊撃隊として使われることすら教えられてないはずだ。なのに、あの行間でそこまで読める訳が無い、という突っ込みすら来ない。
 軍人はこいつらと共に戦って大丈夫なのかという不安を拭いきれないのであった。

「やー始めましてー! かわいい! ついでに久しぶりグンジ」
 軍人と似た軍服を着た少女が一人ぱたぱたと軽快に近付いてくる。
 赤褐色の髪が頭の左右でまとめられ、綺麗にロールされているのが、歩く振動と風に楽しそうに揺られていた。
「四年ぶりか……そのスカートはどうにかならないのか」
「可愛いじゃん。ねえ?」
 軍服のプリーツスカートを翻しながら少女はキオとゆらぎに同意を求めてくる。
「よくわからない」
「可愛いと思います」
 少女はうんうん正直者だねえ素晴らしいなどと喋りながら何度か頷く。
 可愛い概念がよくわからないが、とりあえずひらひらと風になびく布は可愛いらしい。桜井や爽汰の長い白衣もよくなびくからきっとあれも可愛いのだろう、とキオは一人結論を出す。頭に乗せた帽子から控えめに、それは少し違う、と言われたが、じゃあどういうものだと聞いてもはっきりとした答えは返ってこなかった。
「改めてこんにちは。僕はテト。しばらくの間よろしくね」
 テトと名乗る少女はにこにこと右手を差し出してきた。
「ゆらぎと申します。こちらこそよろしくお願いします」
 笑い返しながらゆらぎが握手をする。
「えーっと、キオって呼ばれてる」
 キオも見よう見真似で右手を出しテトの手を握った。

 しばらくテトから周辺の環境や敵の情報を聞いていると、唐突にもふん、とキオの腹に柔らかいものがぶつかってきた。
「ふぎゅう」
 見れば桃色のフードを被った子供が涙目で鼻を押さえていた。
「かたい……」
「え、ごめん……?」
 ほとんど足音無く突如として現れたその子供に、少し驚きながらとりあえず謝ると、子供はふるふると首を横に振った。
「こらミコ」
 ひょい、と子供の体が浮く。
 どこかで見たような顔付きの男が、フードの子供を抱きかかえていた。
 どこで見たのか思い出す前に、男は一瞥して無言で去って行った。
 赤褐色の髪が男の背後で尻尾のように風になびいてついていく。
「あ、テトに似てるんだ」
「おっ、バレた? あれボクの兄弟みたいなもん」
 テトは男の背後を見つめながら言う。
「テッドっていうの。ちっちゃいほうはミコ。あの二人も一応兵だから」
「あんなにちっちゃい子が戦うのですか……?」
 ゆらぎが心配そうに訊ねると、
「だいじょーぶ! ああ見えてミコは強いんだぞ。なんたって狼だもん」
「お、狼」
「うん」
 どう見ても人間の姿だった。


 そう多くない兵や白衣の人間たちに適当に挨拶を済ませ、夜。
 キオがゆらぎと同じ部屋で待機していると、静かに現れた偽壱がキオを手招きして別室へ呼び出した。
 電気がついてないのでドアから差し込む廊下の光が切り取り線のように部屋を分断している。誰もいないと思いきや布と金属の擦れる音が響いて、キオはそちらへ目を凝らす。人間が居た。
「コレは脱走兵」
 首輪と手錠をかけられ、部屋の隅に追い詰められながら、それでもその男は諦めずにキオを睨みつけていた。
「コレを殺して」
 偽壱は笑顔でキオに命令した。
「脱走は死罪だからね」
「……そうだったの?」
「そーだったの。キミとそーちゃんはたまたま罪より命の価値が大きかっただけ。本当はこうなってたんだよ」
 改めて男を見る。
「自由になりたかったの?」
 男は睨んだまま何も答えない。
 答えないがきっとそうなのだろう、と勝手に想像した。
「逃がしてあげたらいいのに」
「それはムリ。体に蓄積されたココの情報が敵に渡ったら困る。情報が漏れると困るのは、味方。つまりゆらぎちゃんやそーちゃんだよ。みすみす危険な目に合わてもいいのかな?」
「……解った」
 キオは渡された刀をゆっくりと鞘から抜く。戦闘訓練で何度も振るった刀は元から腕の一部だと言わんばかりに掌に馴染んでくっついてくる。
 ふと、
「そーたが殺した人のこと、わかる? どうやって殺したかわかる?」
「わかるよ」
 訓練の時は結局軍人にかすりもしなくて、キオはまだ「切る」という感覚を知らない。
「そーたがした手順教えて」
 どうせなら、爽汰に習おうと思った。
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